過冷却水の作り方
■家庭用冷凍庫で作る過冷却水
左の写真はポリエチレン製の洗浄ビン(数100円で売っています)を利用して、普通の水道水から作った過冷却水です。 洗浄ビンから出ている水の下に氷の山が出来ています。これは過冷却水が凍って出来るシャーベット状の氷です。過冷却水が出来たひとつの目印です。 過冷却水を作るのはそれほど難しくはありません。マイナス2℃〜マイナス5℃程度の過冷却水から挑戦してみましょう。
■冷蔵庫の過冷却水作成に向く機能を利用
パナソニック(ナショナル)冷蔵庫ならパーシャル室、 三菱電機冷蔵庫なら切れちゃう冷凍など、冷凍室(マイナス10℃以下)よりも高い温度(マイナス2〜5℃)に設定できる機能がある冷蔵庫を使って、過冷却水を作ってみましょう。 容器ごとそのまま冷やしても比較的過冷却水ができます。丸一日冷やしても凍らず過冷却を維持することもあります。
水の中に凍結のもととなるゴミや冷凍庫内の霜が入らないよう、蓋(ふた)が付いている容器で実験するとよいです。 できれば 3 本以上用意して同時に実験すると、1〜2 本失敗しても過冷却水はできますし、複数本過冷却に成功すれば、いろいろな実験をおこなうことができます。
ペットボトルでの実験が多くあるとおり、PET(ポリエチレンテレフタレート)は過冷却に向くようですが、 ガラスのコップや金属容器でも可能です。水道水でも十分に実験できますが、精製水(薬局で100円程度で手にはいります)を使ってみたり、 いろいろなペットボトル飲料水をそのまま使ってみたりしてもよいと思います。
ただし、それでも冷却中に凍ってしまうことはあります。失敗も実験の内と考えて、どのような条件(冷凍庫の温度、容器の材質、容積、液体の種類など)で作ろうとしたら、何回過冷却水ができて、何回凍ってしまったか、を調べるというのが良いと思います。
動画-1 一晩パーシャル室に入れて作った過冷却したほうじ茶
実験例
右の 3 枚の写真は、ペットボトルに水道水を入れ、パーシャル室に一晩おいて作った過冷却水の例です。約 -2℃になっています。
-2℃と高い温度の過冷却水の場合、少しくらい振っても凍らない場合が多いです(左)。 しかし、氷の上に注ぐと凍ってシャーベットの山ができます(中央)。泡立つくらいに強く振れば凍ってくれます。 このとき細かな氷がたくさんできます(右)。
チルド室にも冷凍庫にもできる冷蔵庫もあります。そのような冷蔵庫なら、かなり容易に過冷却ドリンクを作ることができます。左の動画はおよそ-4℃に調整してポットボトルを静置してつくった過冷却スポーツドリンクです。
2〜3分で注ぎ終えるように、コップや氷をあらかじめ用意しておいてから実験しています。
チルド室でおおむね 0℃にしておくと、タオルを巻いて冷凍庫で少し追加冷却すれば、容易に過冷却させることができます。
水出しして作ったレギュラーコーヒーをペットボトルに移し替えて、過冷却させたものです。自分で作った飲み物はペットボトルに移すと、冷却実験が簡単です。
写真-5 過冷却水が凍ってできた、氷の結晶
偏光板を通して氷を観察すると、氷の結晶の形を色の違いとしてみることができます。過冷却水を浅い入れ物(シャーレ)に入れ、氷のかけらを入れて凍らせたものを偏光板を通して観察した例です。 羽模様に見えるそれぞれが、一つの氷の結晶です。細かい氷がたくさん集まってできていることがわかります。
失敗?
過冷却させることには成功したけれど、注ごうとした瞬間に凍結してしまった例。
キャップを開けるまでは過冷却したままでも、注ごうとした瞬間凍ってしまうことがあります。注ぎ口とキャップの狭いスキマにある水が凍っていて、その氷に触れて凍ってしまった、 注ぎ口そのものに凍らせやすい要素があった、などの原因が考えられます。冷凍庫で冷やすときに(注ぎ口に空気が来ないように)容器を寝かせて置くと良いかもしれません。 また、注ぐ前に手で注ぎ口を少し暖めておくと、このような失敗を避けられるかもしれません。ただ、注ぐのに失敗しただけで、 過冷却水を作ることには成功しているのですから、その実験の結果も整理しておくと良いと思います。
マイナス 1〜2℃に冷やした後さらに冷凍庫で冷やし、確実に過冷却となっているペットボトル入り炭酸水ですが、 かなり思い切り振っても凍りませんでした。封を切っておらず糖分や炭酸がたくさん融けている飲み物だと、 マイナス数℃ではかなり安定していて凍りにくいことがあります。
この写真の例でも、勢い良く振って泡だらけにしても凍りませんでした。しかし、強めに手でたたくと凍ってくれました。
■冷凍庫では冷やす速度と時間を調整
ポイントは急速な冷却を避けるために、適度に断熱性のある容器を選ぶ(容器をタオルで完全にくるむなどして保温 = 断熱してもよい)ことです。 また、冷凍庫の温度まで過冷却することはほとんど無いので、冷却する時間を見計らう必要があります。震動もない方がよいのですが、あまり低い温度まで過冷却させなければ案外凍ることはありません。
冷凍庫で実験する場合は、冷凍庫に入れてからの時間を計り、時間を変えながら成功するまで繰り返し行いましょう。 容器の種類、過冷却させる水の種類、最初の水温、冷凍庫に入れてからの時間、成功 or 成功、をメモしていけば立派な実験になります。
結果を表やグラフにまとめ、過冷却水ができた時の条件とできなかった時の条件を比べて、過冷却するのはどういった条件でそれはなぜかを、自分なりにレポートにまとめてみましょう。
←500mLペットボトル入りの炭酸飲料を、あらかじめチルド室で 0℃程度まで冷やしておき、その後タオルで2重に巻いた上で冷凍庫に入れ 2 時間冷やしたもの。およそ -7℃になっています。
■冷媒を使う方法
※この手順で必ず成功するわけではありません。冷媒や過冷却させる水の分量、冷媒の温度をいろいろと自分で試すことが大事です。準備するものもあり大変ですが、工夫の余地はこちらの方がたくさんあり、面白い実験ができるかもしれません。
1.作りたい過冷却水の温度より少し低い温度の冷媒を作る。
冷凍食品保存や氷を作るような低温の冷凍庫しかない場合、手っ取り早いのが水+カキ氷+食塩を混ぜて作る冷媒を利用するのがよいでしょう。 それぞれ混ぜる量を調整すれば、0℃〜マイナス21℃までの任意の冷媒にすることができます。 水道水 1 L(リットル)、カキ氷 1 kg、食塩 100 g の割合で混ぜると、およそマイナス 5℃の冷媒になります(水道水の温度により冷媒の温度は前後します)。 温度を下げたいときは食塩を追加し、温度を上げたい場合は食塩を減らします。過冷却させる水の量にもよりますが、マイナス 5〜10℃の範囲で冷媒を作ってみましょう。
食塩は溶けにくいので、はじめに水道水に食塩だけ入れ、完全に溶けるまでよくかき混ぜた後、カキ氷を入れて再びよく混ぜましょう。食塩が溶け残っていると、その付近の温度がとても低くなり、そのため過冷却水ができずに凍ってしまう可能性が上がります。
すべてをよく混ぜたときに、容器の底までかき氷があり全体がシャーペット状となるよう、水とカキ氷の量を決めてください。長時間低温が保たれます。
なお、冷媒を作る容器は断熱性の良いもの(丈夫な発泡スチロール製のものがベスト)のほうが長時間低温を保てます。
2.過冷却させる液体を容器に入れ、冷媒に沈める。
過冷却水にする水を入れた容器は、容器内の水が冷媒につかる程度まで沈めます。 容器内の空気部分まで冷媒につけると、そこに霜がついて水ごと凍ってしまうことがあります。 ちなみに、小さな容器で少ない水の方が低い温度まで過冷却できる確率が上がります。 また、マイナス5℃くらいまでなら、水の量や種類を問わず過冷却できる確率が高いです。 ペットボトル飲料などはそのまま沈めて冷やせば OK です。
なお、1.で作った冷媒の量に対して過冷却させる水が多すぎると、過冷却する前に冷媒が温まってしまい、うまくいかないことがあります。そういった場合は少ない量の水から試してみましょう。
3.時間を測り、過冷却水になったかどうかチェックする。
冷媒の温度と、沈めている時間で、任意の温度(冷媒の温度程度)の過冷却水を作ることができます。 何℃の液体を、どんな容器で、何℃の冷媒に何分つけたら、うまくできた/できなかった、を記録しましょう。
過冷却水は、体積、冷却速度、冷却(到達)温度、容器の種類、経過時間、溶け込んでいる物質、等によって、 凍結せずにいられるかの確率が変わります。 運がよいとマイナス 10℃以下にもできますが、確率的には50%を切ってくるでしょう。
4.レポートにまとめる。
冷媒の温度と過冷却水ができた割合の関係を表やグラフにまとめてみましょう。大まかに結果を示すと、冷媒の温度が高いほど過冷却水ができる割合は高くなります。冷却した時間でも過冷却水ができた割合はかわるので、冷媒の温度と冷却時間と過冷却水ができた割合を調べても面白いと思います。
何℃までならほとんど過冷却するのか、何℃まで下げてしまうと凍ってしまうのか、どんな飲み物が過冷却水か等々、 過冷却水について気になる点を調べてオリジナルの実験をレポートにしてみましょう。
■過冷却水の楽しみ方
過冷却水を作ることに成功しても、眺めているだけではただの水です。 まずはアルコール棒状温度計で温度を測ってみましょう。 静かに過冷却水の中に挿せばまず凍ることはありません。 マイナスの温度になっていたでしょうか。
つぎに過冷却水の中に小さな氷のかけらを入れてみましょう。 氷のかけらからどんどん凍って、最後には容器全体に氷が張っていく様子が観察できます。 このとき、全部の過冷却水が凍るのではなく、ごく一部が氷に変わっているだけです。 よくみると薄い板のような氷がたくさん重なり合っています。
また、別の容器に注いで写真-8 のようなシャーベットの山を作ることも楽しいです。 はじめに製氷皿の氷ひとつを置いて、その上に静かに注ぎましょう。 少しずつ山のてっぺんを狙っていくと、かなりの高さまで伸ばせると思います。過冷却水の温度が マイナス 2℃以上だと透明感のある氷が、 マイナス 2℃以下だと白くにごったシャーベット状の氷 になります。 いずれの場合も、シャーベットの量よりも大量の水が容器にたまっていくと思います。 過冷却水のごく一部が凍っていることを実感できると思います。
シャーレのような、浅い容器に過冷却水を作るのも面白いです。凍る様子を観察しやすいメリットがあります。黒などの濃い色の紙の上に置き、小さな氷を入れると、サーッと凍っていく様子を観察できます。また、トレス台に偏光板を敷き、その上に過冷却水が入ったシャーレを置いて、もう一枚の偏光板で挟むように観察すると、動画 6 のように凍る様子をはっきりと見ることができます。氷の結晶の形もはっきりと見えるので、 過冷却水の温度によって、氷が成長する速度や、氷の形に違いがあることがよく見えて面白いですよ。
シャーレに張った過冷却水の凍結の様子です。偏光観察なので、未凍結の過冷却水は黒く、凍結した氷は白や黄色などに光って見えます。
動画-6 では、1 回目の方が 2 回目よりも温度が低い過冷却水を凍らせています。氷が伸びる速度や、氷の形や大きさの違いに注目。
動画-7 は、1 回目と 2 回目は -2〜3℃、3回目は -7℃前後の過冷却水の凍結の様子です。3 回目はとても凍結が速いので、最後に1/10倍速相当のコマ送りを入れました。動画の横幅が約 6 cm です。
■過冷却水の凍結あれこれ
動画-8 ペットボトル内の過冷却水が凍る様子(4倍速)
■過冷却水が氷になる量は?
過冷却水が凍るときの、氷の量を計算してみましょう。水の比熱は 4.2 J/(g℃) (J=ジュール)ですので、1 g の過冷却水が 1℃上昇するとき、4.2 J の熱を必要とします。 仮にマイナス 2℃、100 g(約 100 cc)の過冷却水が0℃まで上昇するには 8.4×100 = 840 J の熱量を必要とします。
この熱はどこから来るかというと、自らが氷になるときに出す熱(潜熱といいます)から得ることになります。 水が氷になるとき 334 J/g の潜熱を出すので、先ほどの 840 J 分の潜熱は、840(J)÷334(J/g) = 2.5(g) より、 100 g の過冷却水のうち 2.5 g が氷に変わると、0℃の氷 2.5 g と 97.5 g の水が出来上がります。
よく、”一瞬で凍る水”というような表現を見ますが、凍るといってもほんの一部分です。ほかの温度の過冷却水でどうなるかは、上の計算例を参考に求めてみてください。
■過冷却水が凍るとき、潜熱を出して温まる。
過冷却水(水)が凍るとき潜熱を出します。氷から放出される潜熱は、過冷却水と氷自身を加熱し全体がほぼ 0℃になります。
動画-9 は、約 -4℃の過冷却水が凍る様子を偏光とサーモグラフによる熱画像で撮影したものです。 偏光で観察すると水は黒く見えますが、氷は白や黄色に見えます。凍るとともにサーモグラフの色が赤(0℃)になり温度が上昇しているのがわかります。
■炭酸水などの過冷却
炭酸の入っている飲料水はかなり低い温度まで過冷却しやすい報告もあります【注意1】。 過去にビールを-8℃まで過冷却【注意2】させ、過冷却のまま飲んでみました。 あと、糖分の多い飲み物も過冷却しやすいようです。 モル凝固点効果などが作用するためです。
また、過冷却を破って凍らせると、水道水や純水と異なりゆっくりと凍っていきます。 これは、氷には糖分を含めないため、凍っていくときに氷から残りの液へ 糖分を拡散させなければならず、それが抵抗となるためです(→動画 10参照)。
【注意1】
炭酸水を作るためにドライアイスをペットボトルに入れてふたをするのは危険です。 ペットボトルが破裂して、破片が当たり大きなケガにつながります。絶対にやらないでください。
【注意2】ビールのほか、ガラス瓶に入っている飲料水を冷却すると、凍結した時に瓶が割れてしまうことがあり危険です。 割れても大丈夫なように箱の中に入れて冷却するか、こまめに様子をみて凍らないようにするなど、安全に配慮して実験する必要があります。
天然の過冷却水
過冷却水というと、実験で作りだすというイメージはありませんか? 実は、身近なところにも過冷却水を見ることができます。
一番目にすることが多いのは雲ではないでしょうか。高積雲、高層雲、積雲あたりはかなりの部分が過冷却水滴でできています。 冬季には地表においても過冷却水を見ることができます。気象現象としては、気温が氷点下の時に発生した霧があります。 過冷却水でできた霧は木の枝などにぶつかると凍結して霧氷や樹氷などを作り出します(写真9、10)。 また、夜露が凍結せずに過冷却することもあります(写真11)。
氷点下となった日、外に出て自然が作った過冷却水を探してみませんか?
ペットボトル過冷却水生成装置「く〜るクールくん」
ぺットボトルを使った過冷却水生成装置というものを作ってみました。簡単に手に入る材料を使って工作も楽しめる装置です。
仕事で考案した都合上、ここであまり詳しく書くことができませんので、装置の詳細は 「雪と氷の実験と工作」(日本雪氷学会HP内)の「過冷却水を作ろう!く〜るクールくん」参照してください。 ちなみに、実験の方法に書いてある水やかき氷の分量通りに実験しても、うまくいかないことが多いです。 理由には、水道水の温度や実験をする部屋の温度などが異なることや、工作に使うホースの長さや入れ方が異なることが挙げられます。うまくできるように何度も実験して、うまく過冷却水ができる条件を探してみることが大事ですので、「うまくできませんでした」で終わらないよう頑張ってください。
(※)この装置は日本雪氷学会HPで案内されている通り、学会での発表や各種イベントで公開しているもので、 個人で楽しむ範囲内でご自由に作成していただいて結構です。
上手に実験すると、コップ一杯分の過冷却ジュースを一回で作ることができます。
「氷が伸びる水道」・・・連続過冷却水観察装置
©株式会社興和
連続過冷却水観察装置による過冷却水と、そこから伸びる氷の柱です。 雪氷研究大会(2008・東京)で発表後、 色々なイベントで活躍中です。
蛇口を模した管から-1〜-2℃の過冷却水が出続け、過冷却が破れて凍結することで 氷の柱が上へ伸びていきます。 この柱は薄い氷の板が重なってできており、隙間を水が満たしています。
動画の例では水温-1℃程度で、氷の柱は1分間に 5 cm ほど上へ伸びています。 氷の柱の中には泡がたくさん挟まって動いていることから、氷がかなりスカスカになっていることがわかります。 高さは 20 cm ほどに達しています。
この装置で使っている水は普通の水道水です。 よく蒸留水や精製水といったきれいな水が過冷却の実験よいといわれます。 もちろん、実験的には水道水は低い温度まで過冷却はしにくいのですが、 水道水でも 0℃よりもあまり下げなければ、安定して過冷却させることができます。